為替相場を見ていると、ある日突然、空気が変わる瞬間がある。
板が薄くなり、値が飛び、ローソク足の形が明らかに異質になる。
ニュースを見ると、為替介入の可能性という文字が踊っている。
僕は専業になってから、この瞬間を何度も見てきた。
実際にポジションを持ったまま巻き込まれたこともあるし、介入を警戒して触らなかった日もある。
そのたびに思うのは、多くの人が為替介入を言葉としては知っていても、その正体を感覚として掴めていないということだ。
政府はなぜ、わざわざ市場に手を出すのか。
為替介入が入ると、相場はどう変わり、誰が得をして、誰が痛みを受けやすいのか。
ニュースでは語られないが、トレーダーの間では共有されている空気感がある。
この記事では、教科書的な説明はほとんど扱わない。
僕自身が実際に相場を張り、チャートと注文状況を見ながら感じてきた、為替介入の現実的な姿に焦点を当てる。
なぜあのタイミングだったのか。
なぜ効く介入と、ほとんど意味を持たない介入があるのか。
対象は、短期売買をしている人だけではない。
中長期で為替を見ている投資家や、株式投資の参考として為替を追っている人にも通じる話になる。
読み終えたとき、次に為替介入という言葉を目にした瞬間の見え方が、今までとは変わっているはずだ。
まずは、政府が為替介入という手段を選ぶ背景から話していく。
そこを理解しない限り、介入後の相場の動きも、トレーダーの心理も、正確には見えてこない。
政府はなぜ為替市場に介入するのか
為替介入という言葉は、どこか特別で強力な響きを持つ。
だが実際のところ、政府が介入に踏み切る理由は、正義でもヒロイズムでもない。
もっと現実的で、もっと地味で、そして極めて人間くさい事情の積み重ねだ。
相場を張っていると、政府のコメントや財務官の発言が、どの程度の本気度を持っているのかが何となく伝わってくる瞬間がある。
それは文章ではなく、間の取り方や、言葉の選び方、そして沈黙の長さだ。
為替介入は、突然の思いつきで行われるものではない。
水面下では、かなり前から空気が醸成されている。
ここでは、なぜ政府が相場に介入せざるを得なくなるのか。
その動機を、実務と市場の目線で整理していく。
急激な為替変動が現実経済に与える圧力
為替は数字の遊びではない。
輸出企業の採算、輸入物価、エネルギーコスト、すべてに直結する。
円安が進めば、輸出企業は一見すると潤う。
だが同時に、原材料や燃料を海外から調達している企業や家庭には、じわじわと負担がのしかかる。
ガソリン価格や電気代が上がり、生活コストが静かに膨らんでいく。
問題は、変動のスピードだ。
半年かけて進む円安と、数週間で進む円安では、影響の質がまったく異なる。
企業は価格転嫁も調整も追いつかない。
政府としては、経済の適応能力を超えた動きを、いったん落ち着かせたいという思惑が生まれる。
ここで重要なのは、水準そのものよりも、動き方だ。
多くのトレーダーが見落としがちだが、政府が嫌うのは必ずしも円安そのものではない。
急で、説明がつかず、歯止めが効かない動きだ。
市場の自律性が壊れかけているサイン
為替市場は、基本的には巨大な参加者同士の綱引きだ。
ファンド、銀行、輸出入企業、個人投資家が、それぞれの事情で売買している。
だが、ある段階を超えると、需給よりも勢いだけで動き始める。
ストップロスが連鎖し、誰も値段を見ずに成行を投げる。
この状態になると、相場は理屈を失う。
政府が気にするのは、この理屈が消えた瞬間だ。
市場が本来持っている自浄作用が働かなくなり、価格形成が歪み始める。
僕の経験上、介入が意識される局面では、板の厚みが極端に変わる。
本来いるはずの参加者が一歩引き、様子見に回る。
その空白を、短期筋の売買が埋める。
この状況を放置すると、為替は政策ではなく、恐怖で動く市場になる。
政府が介入を選択するのは、相場をコントロールしたいからではない。
相場が壊れる前に、一度リセットしたいという意識に近い。
政治と世論という無視できない要素
為替介入を語るとき、多くの解説は経済指標だけに焦点を当てる。
だが、現実には政治と世論が大きく影響している。
物価高という言葉がニュースに並び始めると、政府は動きにくくなる。
為替が原因だと分かっていても、国民の感情はそこまで整理されていない。
円安が悪者という単純な構図ができあがる。
選挙を控えた時期や、支持率が不安定な局面では、なおさらだ。
為替介入は、経済政策であると同時に、メッセージでもある。
我々は何もしていないわけではない、という意思表示だ。
市場はこの空気を敏感に感じ取る。
だからこそ、口先介入が増え、発言のトーンが変わり、最終的に実弾が投入される。
重要なのは、政治的な動機があるからといって、介入が必ず失敗するわけではない点だ。
むしろ、市場参加者の心理を動かすという意味では、政治の存在は無視できない。
為替介入は最後のカードではない
為替介入は、切り札のように語られがちだ。
だが実際には、段階の中の一つにすぎない。
金利政策、発言、会合、そして市場との対話。
それらを重ねた先に、どうしても抑えきれない局面が来たとき、初めて介入が現実味を帯びる。
だから、突然に見えて、実は突然ではない。
チャートを見返せば、前兆は必ず存在している。
次のセクションでは、実際に為替介入が行われたとき、市場で何が起きるのか。
ローソク足の裏側で、参加者の行動がどう変わるのかを、トレーダー目線で掘り下げていく。
為替介入が入ると市場では何が起きるのか
為替介入は、実行された瞬間よりも、その前後で市場の性質を変えてしまう点が本質だ。
ニュース速報で知る人もいれば、チャートの異変で先に察知する人もいる。
だが実際に起きているのは、単なる価格変動ではない。
僕はこれまで、介入が入った直後の相場も、介入を警戒して誰も触れなくなった相場も見てきた。
その経験から言えるのは、為替介入は相場の流れを止めるというより、参加者の行動様式を一時的に壊す行為に近いということだ。
ここでは、介入が入った瞬間から、その後数日、場合によっては数週間にわたって、市場で何が起きるのかを具体的に見ていく。
ローソク足に現れる介入特有の違和感
為替介入が入ると、まずチャートの形が変わる。
これはテクニカル指標よりも、ローソク足そのものを見ていると気づきやすい。
一方向に積み上がっていた足が、突然、深いヒゲを伴って反転する。
しかも、その値幅が直前の値動きと比べて明らかに大きい。
普段の市場参加者では出せない力が、一気に流し込まれた感覚だ。
このとき、多くの短期トレーダーは一瞬で判断を誤る。
ブレイクだと思って追いかけた瞬間、逆方向に吹き飛ばされる。
介入相場では、直近のテクニカルはほとんど意味を持たない。
重要なのは、介入の初動そのものより、その後の値動きだ。
勢いよく動いたあと、妙に静かになる。
出来高が落ち、値幅が急に縮む。
これは、市場が混乱しているのではなく、様子見に入っている状態だ。
誰が次に殴ってくるか分からないリングに、わざわざ上がる参加者はいない。
流動性が一時的に消える理由
為替介入が入った直後、市場は活発になるように見える。
だが、その裏では流動性が急速に失われている。
銀行や大口の参加者は、リスク管理上、ポジションを落とす。
自分たちのモデルでは測れない動きが入った以上、無理に取引する意味がない。
結果として残るのは、短期筋と個人投資家だ。
だが、彼らだけでは板は厚くならない。
少ない注文で価格が飛びやすくなり、ちょっとした成行で大きく動く。
この状態は、見た目以上に危険だ。
スプレッドが広がり、約定が滑り、損切りが想定より悪い位置で入る。
介入相場で負ける人の多くは、方向を外したというより、環境を読み違えている。
僕自身、過去に介入直後の薄い相場で無理に入って、必要以上のストレスを背負ったことがある。
それ以来、介入が意識される局面では、触らないという選択肢を常に持つようになった。
相場参加者の心理が一段階変わる
為替介入は、価格よりも心理に効く。
これは、経験を積むほど実感する部分だ。
一度でも実弾が投入されると、市場には疑念が残る。
また来るのではないか。
この水準は見られているのではないか。
この疑念が、トレンドの伸びを鈍らせる。
本来なら押し目で入るはずの参加者が、躊躇する。
結果として、値動きは不自然に細切れになる。
面白いのは、この心理効果が介入の金額以上に長く残る点だ。
実際の介入規模が限定的でも、疑念が残っている限り、市場は慎重になる。
逆に言えば、介入が効かなくなるのは、この疑念が消えたときだ。
市場が、もう来ないと判断した瞬間、再び勢いが戻る。
この切り替わりを見極められるかどうかで、介入後の相場への対応は大きく変わる。
介入はトレンドを終わらせるとは限らない
多くの解説では、為替介入はトレンドを止めるためのものだと語られる。
だが、実際の相場では必ずしもそうならない。
介入によって一時的に押し戻されても、根本的な環境が変わっていなければ、時間をかけて同じ方向に戻ることが多い。
金利差、経常収支、資金フロー。
これらが動いていない以上、介入だけで流れを変えるのは難しい。
だからこそ、介入後の戻りを狙うトレーダーも存在する。
ただし、これは高度な判断を要する。
介入の意図、政治的な背景、市場の空気。
それらを総合的に見ないと、ただの逆張りになる。
介入は魔法ではない。
だが、相場に爪痕を残す力は確実に持っている。
その爪痕がどれほど長く残るのか。
為替介入は本当に効果があるのか、それとも一時しのぎなのか。
僕自身の経験を交えながら、もう一段踏み込んでいく。
為替介入は本当に効果があるのか
為替介入について語ると、必ず出てくる疑問がある。
結局のところ、あれは意味があるのか、という問いだ。
一時的に動かしているだけではないのか。
税金を使ったパフォーマンスではないのか。
相場を長く見ていると、この問いに対して単純な答えは出せないと分かってくる。
なぜなら、為替介入の効果は、チャートの形だけでは測れないからだ。
効いたかどうかは、どの時間軸で、何を基準に見るかによって、評価がまったく変わる。
ここでは、為替介入の効果を、短期、中期、そして市場心理という三つの視点から掘り下げていく。
教科書的な成功失敗論ではなく、実際にトレードの現場でどう感じられるのかに重きを置く。
短期的には確実に効く場面がある
まず、短期という時間軸で見れば、為替介入は効く。
これは経験上、ほぼ間違いない。
介入が入った直後、相場は明確に方向を変える。
少なくとも、その瞬間にポジションを持っていた短期筋には、強烈なインパクトを与える。
ストップが連鎖し、想定していなかった値動きが出る。
この局面で重要なのは、勝ったか負けたかではない。
市場参加者が、政府は本気で見ているという事実を叩き込まれる点だ。
短期的な効果とは、価格を動かすことではなく、行動を止めることにある。
さっきまで勢いよく追いかけていた参加者が、急に手を引く。
ポジションサイズが落ち、回転が鈍る。
この変化が起きる限り、短期の意味では介入は成功している。
問題は、この状態がどれくらい続くかだ。
中期では環境がすべてを決める
数日から数週間という中期の視点になると、話は一気に難しくなる。
ここで効いてくるのは、介入そのものではなく、その後ろにある環境だ。
金利差が広がり続けているのか。
資金はどの国に流れているのか。
リスク回避なのか、リスク選好なのか。
これらが介入前と何も変わっていなければ、相場は時間をかけて元の方向に戻ろうとする。
僕が過去に見てきた介入相場でも、このパターンは多い。
介入で一度は押し戻される。
だが、じりじりと同じ水準に近づいてくる。
その動きは派手ではないが、意志を感じる。
このとき、介入が無意味だったと切り捨てるのは早い。
政府の目的は、永続的に相場を変えることではない場合が多い。
時間を稼ぐこと。
その間に、他の政策や環境の変化を待つこと。
中期で見ると、為替介入は単独で完結するものではない。
他の要素と組み合わさったときに、初めて評価できる。
心理的な効果は数字以上に長く残る
為替介入の中で、最も軽視されがちで、最も厄介なのが心理の変化だ。
これは、チャートにも指標にも、はっきりとは表れない。
一度でも実弾が入ると、市場には見えない線が引かれる。
このあたりは見られている。
ここから先は危ない。
この感覚は、経験の浅いトレーダーほど意識しない。
だが、大口ほど気にする。
なぜなら、再び同じことが起きたときの損失が、桁違いだからだ。
結果として、相場のノリが変わる。
トレンドが伸びきらない。
戻りが浅くなる。
あるいは、逆に過剰に警戒されて、必要以上に反対方向へ振れる。
この心理効果は、介入額とは比例しない。
小規模でも、タイミングと意図が明確なら、長く残る。
逆に、巨額でも、意図が読まれてしまえば、すぐに薄れる。
ここに、為替介入の難しさがある。
金額ではなく、空気をどう作るか。
効果があったかどうかは後にならないと分からない
為替介入は、その瞬間に評価できない。
これはトレードと同じだ。
介入直後の値動きだけを見て、成功だ失敗だと判断するのは簡単だ。
だが、それは表面的な話にすぎない。
本当に見るべきなのは、その後の市場の振る舞いだ。
参加者のサイズはどう変わったか。
値動きの質はどう変化したか。
ボラティリティは落ち着いたのか、それとも別の形で噴き出したのか。
これらを総合して、初めて効果を語れる。
そして多くの場合、その評価は白か黒では終わらない。
為替介入は、万能でも無力でもない。
使い方次第で、効きもすれば、空振りにもなる。
こうした現実を踏まえたうえで、個人投資家は為替介入とどう向き合えばいいのか。
恐れるべきなのか、利用できるのか。
僕が実際に取ってきたスタンスを、具体的に話していく。
個人投資家は為替介入とどう向き合うべきか
為替介入の話題になると、個人投資家は二極化しやすい。
怖いから近づかないか、荒れるからチャンスだと飛び込むか。
だが、専業として長く相場に残るためには、そのどちらでもない立ち位置が必要になる。
僕自身、介入相場で大きく取った経験も、何もせずにやり過ごした経験もある。
そして今は、当時とは明確にスタンスが違う。
ここでは、教科書にもSNSにもあまり出てこない、実戦目線での向き合い方を共有したい。
介入をイベントとして見ないという発想
多くの人は、為替介入を特別なイベントとして扱う。
だが、相場全体の中で見れば、介入は一つの状態変化にすぎない。
重要なのは、介入が起きたかどうかではない。
介入が起きうる環境に、今いるのかどうかだ。
例えば、
短期間で同じ方向に値が伸び続けている
発言が増え、トーンが硬くなっている
市場の値動きが荒い割に、実需の気配が薄い
こうした条件が重なっている局面では、介入は結果ではなく、流れの一部になる。
この段階で、普段と同じ感覚でポジションを取るのは危うい。
僕は、介入が意識される局面では、相場を当てにいく発想を一度捨てる。
代わりに、
今日はどんな相場になりやすいか
参加者は誰で、誰がいないか
この問いに集中する。
これだけで、無駄な負けはかなり減る。
無理に取らないという選択肢の価値
介入相場で最も軽視されがちな戦略が、何もしないという判断だ。
だが、これは立派な戦略になる。
介入が入った直後の相場は、方向感よりも不確実性が支配する。
ボラティリティは高いが、再現性は低い。
勝てる人は勝てるが、再現できる人は少ない。
専業として重要なのは、当たったかどうかより、同じ判断を繰り返せるかどうかだ。
介入相場は、この点で非常に相性が悪い。
僕は、
スプレッドが不自然に広がっている
値が飛びやすい
板の戻りが遅い
こうした兆候が出ているときは、積極的に距離を取る。
触らないことで、精神的な消耗も抑えられる。
相場は毎日ある。
介入はたまにしか来ない。
この時間軸の違いを理解できるかどうかで、トレードの寿命は変わってくる。
それでも触るなら見るべきポイント
もちろん、すべての人が完全に避ける必要はない。
条件が揃えば、介入相場でも比較的落ち着いた形で取引できる場面はある。
その際に僕が意識しているのは、方向ではなく速度だ。
介入直後の急変動が一巡し、
値幅が落ち着き、
市場が次のテーマを探し始めた兆しが見える。
この段階では、
値動きが刻まれる
高値安値の更新に時間がかかる
無理な成行が減る
こうした変化が現れやすい。
ここで初めて、短期の回転や、軽いポジションが検討に値する。
逆に、
介入の余韻が残っている段階での逆張り
意味づけだけでの戻り売りや押し目買い
これらは、経験上、期待値が安定しにくい。
一度うまくいっても、次は同じ形にならないことが多い。
為替介入は相場観を鍛える材料になる
最後に、あまり語られない視点を一つ。
為替介入は、トレードの腕そのものより、相場観を鍛える材料になる。
なぜこの水準で空気が変わったのか。
なぜこの発言が効いて、別の発言は無視されたのか。
なぜ同じ円安でも、ある時は騒がれ、ある時は静かなのか。
これらを考え続けることで、相場を価格だけで見なくなる。
参加者、立場、恐怖、焦り。
そうした目に見えない要素が、値動きを作っていることが分かってくる。
為替介入は、その縮図だ。
だからこそ、単なる危険なイベントとして避けるだけではもったいない。
相場を理解するための教材として、
そして自分のトレードスタンスを見直す鏡として、
冷静に観察する価値がある。
こうした視点を踏まえたうえで、為替介入という行為を、政府側の立場からもう一段引いた目線で眺める。
なぜ彼らは、効果が限定的だと分かっていながら、あえて介入を選ぶのか。
その裏側にある時間軸の違いを解きほぐしていく。
政府と市場は同じ時間を生きていない
為替介入を理解しにくくしている最大の理由は、政府と市場が見ている時間軸がまったく違う点にある。
トレーダーは今日や明日を見ている。
一方で政府は、数か月、場合によっては数年先を見て動く。
このズレを理解しないまま介入を評価すると、どうしても的外れになる。
ここでは、政府側の視点に一度立ち、なぜ彼らがあえて為替介入という手段を選ぶのかを整理していく。
政府にとって為替は政策の一部にすぎない
市場参加者にとって、為替は主役だ。
ドル円がどう動くか、それ自体が目的になる。
だが政府にとって、為替は数ある政策要素の一つにすぎない。
物価、雇用、賃金、財政、エネルギー。
それらを安定させるための調整弁として、為替が存在している。
為替が急に動きすぎると、他の政策が機能しなくなる。
せっかく賃上げの流れを作ろうとしても、輸入物価が跳ねれば意味が薄れる。
エネルギー補助を打ち出しても、為替が荒れれば負担は増える。
このとき、政府が考えているのは、為替相場を当てることではない。
他の政策が効く時間を確保することだ。
為替介入は、相場を制御するためのものではなく、政策の邪魔をさせないための措置だと考えると、位置づけが見えやすくなる。
時間を買うという発想
為替介入の効果を語る際に、価格だけを見るのは分かりやすい。
だが、政府が本当に欲しいのは、値段ではなく時間だ。
急激な円安が進めば、企業も家計も対応できない。
だが、同じ水準でも、時間をかけて進めば、対策は打てる。
価格転嫁
契約条件の見直し
補助制度の設計
こうした動きには、どうしても時間が必要になる。
為替介入は、その準備期間を稼ぐための行為だ。
だから、介入後に相場が元に戻ったとしても、それだけで失敗とは言えない。
その間に、他の政策が動き、環境が少しでも変わっていれば、目的は一部達成されている。
トレーダーは、介入後に再び同じ水準に戻ったことを見て、
結局意味がなかったと感じやすい。
だが政府は、その間に何ができたかを見ている。
この評価軸の違いが、介入に対する温度差を生む。
市場へのメッセージとしての介入
為替介入は、実務的な効果だけでなく、メッセージとしての意味を持つ。
誰に向けたメッセージか。
それは必ずしも個人投資家ではない。
海外の投資家
ヘッジファンド
他国の政府
彼らに対して、この水準、このスピードは許容していない。
必要なら行動する。
この姿勢を示すこと自体が、一定の抑止力になる。
実際、介入が行われた後、海外勢の動きが一段慎重になる場面は多い。
これは恐怖ではなく、計算だ。
予測不能な相手と正面からぶつかる必要はないという判断だ。
政府にとっては、市場と対話している感覚に近い。
言葉で伝え、それでも伝わらなければ、行動で示す。
為替介入は、その最終段階の言語だ。
それでも万能ではないという現実
ここまで読むと、為替介入は合理的で、計算された行為に見えるかもしれない。
だが、政府自身も万能だとは思っていない。
相場には、どうしても抗えない流れがある。
金利差
世界的な資金移動
地政学的リスク
これらが一方向に揃ったとき、介入だけで流れを変えるのは難しい。
政府もそのことは分かっている。
それでも介入を行うのは、何もしないことのリスクが大きいからだ。
市場に対して、黙認したと受け取られる。
国民に対して、放置していると映る。
行動しない選択もまた、強いメッセージになる。
だからこそ、あえて動く。
為替介入は、完璧な解決策ではない。
だが、何もしないよりはましだと判断されたときに、選ばれる。
次のセクションでは、ここまでの話を踏まえたうえで、
為替介入というテーマをどう読み解けば、投資判断に活かせるのか。
ニュースをどう見れば、無駄に振り回されずに済むのか。
実践的な視点でまとめに入っていく。
為替介入というニュースをどう読み解けばいいのか
為替介入は、起きた瞬間よりも、その前後の読み方で差がつく。
ニュースを見てから動く人と、ニュースの出方で市場の温度を測る人では、見えている世界が違う。
ここでは、僕が実際に為替介入関連のニュースに触れるとき、どこを見て、どこを見ないのか。
そして、それをどう投資判断に落とし込んでいるのかを、具体的に話す。
見るべきは事実よりも語り方
為替介入のニュースで、最初に確認するのは金額ではない。
いつ、どれくらいの規模で行われたかは、後からいくらでも出てくる。
僕が注目するのは、
誰が
どの言葉を
どのタイミングで
どういう温度感で語っているか
例えば、
発言が断片的か
同じ表現が繰り返されているか
微妙に言い回しが変わっているか
こうした部分には、かなり情報が詰まっている。
強い言葉を使っているのに、頻度が低い場合。
逆に、表現は柔らかいが、やたらと回数が多い場合。
市場は、この違いを敏感に感じ取る。
実弾が出る前に、空気が変わる理由はここにある。
ニュースを材料として使うなら、
内容を覚えるより、違和感を拾う意識が重要だ。
介入報道が増えたときにやってはいけないこと
為替介入が話題になると、相場は刺激的に見える。
値幅が出る。
スピードが上がる。
チャンスが多そうに感じる。
だが、このときに最もやってはいけないのは、
いつもの相場だと思い込むことだ。
介入が意識される局面では、
トレンドの信頼度が落ちる
テクニカルの効きが不安定になる
想定外の動きが増える
これを理解せずに、
普段通りのロット
普段通りの損切り
普段通りの期待値
これで臨むと、ブレが大きくなる。
僕はこの局面では、
ロットを落とすか
時間軸を変えるか
いっそ触らない
この三択を常に意識する。
相場に参加し続けることより、相場に残り続けることを優先する。
介入をきっかけに相場観を更新する
為替介入が起きたとき、それを単なるイベントで終わらせるのはもったいない。
むしろ、相場観を更新する材料として使うべきだ。
なぜこの水準で反応したのか。
なぜこのスピードが問題になったのか。
なぜ今回は行動に移したのか。
これらを考えることで、市場がどこに神経質になっているのかが見えてくる。
介入は、政府が市場に対して引いた線だ。
その線がどこにあるのかを感じ取れるようになると、
無駄な逆張り
意味のない追いかけ
こうしたミスが減る。
為替介入は、未来を当てるヒントではない。
今の市場が何を嫌がっているかを知るためのサインだ。
為替介入は敵ではなく環境の一部だ
最後に、これだけは伝えておきたい。
為替介入を、怖いものや理不尽なものとして捉えすぎる必要はない。
それは、相場の外から降ってくる災害ではなく、相場を構成する要素の一つだ。
天気を変えられないからといって、外に出ないわけではない。
服装を変え、ルートを選び、行動を調整する。
相場も同じだ。
介入があるなら、それを前提に立ち回る。
恐れすぎず、軽視せず。
理解したうえで距離を取る。
それが、長く相場に残るための現実的な態度だと、僕は思っている。
為替介入というテーマは、派手で分かりやすい。
だが、本当の価値は、その裏側にある時間軸と心理を読み取れるかどうかにある。
この記事が、次に為替介入のニュースを見たとき、一段深い目線で相場を見るきっかけになれば嬉しい。
相場は、知識よりも姿勢で差がつく。
それは、専業になってから、何度も痛感してきた事実だ。
関連記事 | 2026年1月末 為替介入観測とドル円動向について
本稿を執筆している現在、ドル円は急激に円高方向へ振れている。
実際、投資仲間と情報交換をする中で、この相場環境でロスカットを余儀なくされたという声も少なくない。
介入観測がくすぶる中で、なぜドル円はこれほど不安定な動きを見せているのか。
専業トレーダーとしての実戦経験を踏まえ、2026年1月末時点の「揺らぐ為替相場」を整理した記事を書いた。
ドル円はいまなぜ揺らぎ動くのか | 介入観測下のレートとテクニカル
本稿とあわせて読むことで、直近の値動きがより立体的に見えてくるはずだ。
