恐怖の投資家心理を読み解く「認知的不協和」とかいう話

A symbolic image of cognitive dissonance in investor psychology during a stock market crash

投資で負けたとき、人は何を考えているのか。
なぜ損切りができずに、判断を誤るのか。

それは、知識や経験だけでは説明できない。
もっと深いところにある、「心の働き」が関係している。

この記事で取り上げるのは、ある心理現象。

認知的不協和

聞き慣れない言葉かもしれないが、誰にでも起こる。

自分は冷静なトレーダーだと思っている。
でも実際は、含み損を放置している。

このとき、心の中で矛盾が起きる。
その矛盾を打ち消そうとして、判断がゆがむ。

そんな現象が、リーマンショックの最中にどう現れたのか。
ひとりの投資家の実話を通して、そのメカニズムをひもといていく。

目次

認知的不協和とは何か 投資家の心を狂わせる静かな力

トレードで負けが続いたとき、
「冷静な判断ができる自分が、なぜこんなミスを?」と戸惑った経験はないだろうか。

頭では「損切りすべきだ」とわかっているのに、なぜかポジションを手放せない。
感情的になっているつもりはないのに、なぜか判断が歪む。

その背後で起きているのが、認知的不協和という現象だ。

これは、アメリカの心理学者フェスティンガーが提唱した理論。

人は、自分の信念と現実の行動が
食い違ったときに、強い不快感を覚える

というものだ。

たとえば、投資家であればこんな状態が起きている。

  • 自分は冷静で合理的なトレーダーだ(信念)
  • でも今は、損切りできずに含み損を膨らませている(行動)

この矛盾が続くと、人は心の中に不安や違和感を抱くようになる。
そして、その不快感から逃れるために、次のような行動を無意識にとってしまう。

人が矛盾を抱えたときに取りやすい行動

  • 行動を変える(損切りして現実に対応する)
  • 信念を変える(損切りしないのも戦略だと思い込む)
  • 理屈を作って正当化する(政府が助ける、ナンピンすれば大丈夫だなど)

もっとも多いのが、最後の「正当化」だ。
つまり、行動を変えるのではなく、自分が正しいと思える理由を後づけで作る

たとえば、

  • 一時的な下げにすぎない
  • 有名なトレーダーも同じポジションを持っている
  • 損切りしてもまた入り直せばいいだけ

こういった考えが、次々と頭に浮かんでくる。
でもそれらの多くは、合理的な分析ではなく、
「自分は間違っていない」と信じたいだけの心の動きだ。

さらに厄介なのは、この状態に自分では気づきにくいことだ。
本人は冷静なつもりでも、すでに判断は感情に引きずられ、現実からズレている。

投資における本当の敵は、チャートではなく自分の心の中にある。

この記事では、この認知的不協和が実際のトレーダーをどう追い詰め、判断を狂わせたのか。

そしてそこからどう抜け出していったのかを、リーマンショックの実体験を通して丁寧に追いかけていく。

投資家・佐藤雄平の「リーマンショック」体験

2008年の秋、香川県観音寺市。
佐藤雄平は、地域の中核病院で総務事務として働く、ごく普通のサラリーマンだった。

病棟に届ける備品の手配、勤怠管理、来客応対。
難しくはないが、誰かがやらなければ回らない大切な仕事。

その傍ら、彼は密かにチャートを見つめていた。
その画面の中では、世界が崩れていた。

彼が見たリアルな「崩壊の現場」を追いながら、投資家が暴落時に感じる心理の発火点をたどっていく。

午前8時30分、病院事務所の片隅で見た世界の終わり

10月8日、朝の8時30分。
医局に挨拶を済ませ、自席に戻った佐藤は、PCの右下に開いたUSD/JPYのチャートウィンドウに目を落とした。

前日の終値は103.50円付近。
しかし、朝の東京市場が開いた直後、レートはするすると下がり始め、わずか数分で102円台を割り込んだ。

「……おかしいな」

小さくつぶやく。
3日前、彼は107.80円でドルをロングしていた。
100万円の口座資金で、10万通貨
レバレッジ25倍

そのときの含み損は、すでに40万円近くに膨らんでいた。
それでも彼は手を動かさなかった。マウスカーソルは損切りボタンの上に浮かんだまま、固まっていた。

「戻すだろ……さすがに……」

だが、戻らなかった。
9時台、レートは一気に101円前半へ。そしてその夜、ついに100円をも割り込み、99円台まで下落する。

この24時間で、世界が変わった。

言い訳という名の「自分への説得」が始まる

損失が確定していない限り、それは「損ではない」。
FXを始めた頃に読んだどこかのブログに、そう書いてあった。
「含み損は含み損。確定しなければ負けじゃない。耐えられた者だけが勝つ」

その言葉が、今になって心の中で反芻された。

損切りをしない。

いや、できない。

これが認知的不協和の発端だった。
つまり、「自分は投資がうまい」と信じたい気持ちと、「大損をしている」という現実の矛盾を、自分の中でなんとか整合させようとした心理的圧力が始まったのだ。

「これは一時的な下げだ」
「ここで切ったらバカを見る」
「リーマンの件が落ち着けば、すぐ戻る」

根拠はない。
だが、心を守るには、何か理由が必要だった。

「ニュースを見る」と「現実を見る」はまったく別物だった

リーマン・ブラザーズの破綻が発表されたのは、9月15日。
もう3週間も前のニュースだった。

テレビでもCNNでも、あの日から何度も繰り返し報じられていた。
それでも、佐藤の中では実感がなかった。

あれだけ騒がれていたのに、どこか遠くの国の出来事のように感じていた。
自分の持っているドル円ポジションとは、直接関係ないと思っていた。
だが、為替は現実に100円を割っていた。

心の中で、「世界は崩れている。でも自分は関係ない」と切り離していた。
それが、認知的不協和の始まりだった。
人は、自分が取りたい行動と、現実とのギャップが開くとき、それを「外の情報の一部だけを採用する」ことで解決しようとする。

彼にとって、リーマン破綻は「他人の問題」だった。
ドル円の下落は、「たまたま」だった。

問題はすでに自分の足元にあったのに。

仕事中の静けさが、かえって心を締めつけた

午後3時過ぎ。
病院の中では、いつもと変わらぬ診察や手術が淡々と進んでいた。
会計の女性がカチャカチャとレジを打ち、薬局からは淡い調剤の匂いが漂ってくる。

だが、佐藤の手は震えていた。

昼休みに、再びチャートを見たとき

98.80円

まさかと思った。ついに99円をも割り込んだ。

彼の口座残高は、40万円を切っていた。
含み損は60万円以上。

だが、誰にも言えなかった。

上司は「午後の会議、出席できる?」と尋ねた。
佐藤は「もちろんです」と笑った。
笑えていた。それがかえって、自分が壊れていくようで怖かった。

「なんで、切らなかったんだろう……」

心のどこかで、ようやくつぶやいたその一言が、
唯一の正直な言葉だった。

株価急落時の心理 なぜ人は逃げ遅れるのか

株価が落ちるとき、それはチャートの数字が下がるだけではない。
人の心もまた、同じ速度で崩れ落ちていく。

だが、実際には多くの人が「崩れていることに気づかない」。
あるいは、気づいていても「それを認めようとしない」。
これは、投資家が本当に直面している「敵」が、数字やニュースではなく、自分自身の心理だという証拠でもある。

佐藤雄平の事例を通じて、暴落時に人がなぜ逃げ遅れるのか、その奥底に潜む心の仕組みを一つずつ見ていこう。

含み損を「見ないふり」してしまう心理

彼の建玉は、107.80円のドル円ロング。
暴落はそれを99円台まで引きずり込んだ。
それでも彼は、1週間以上その建玉を手放さなかった。

なぜか?

口では「待てば戻る」と言っていた。
だが、本音では見ていなかった。
MT4のチャートは開きっぱなしだったが、現実を「見ているようで見ていなかった」。

これは「選択的注意」と呼ばれる心理現象の一種。
人は、つらい現実を見たくないとき、無意識に「見ていないフリ」を始める。

チャートを毎日見ていた佐藤は、もはや相場ではなく、自分の都合の良い物語だけを見ていた。

事前に知っていたのに「対処しなかった」理由

佐藤は、リーマンブラザーズが破綻しそうだという情報も、アメリカの金融システムが危機的状況にあることも、十分に把握していた。

それなのに、なぜ対応しなかったのか。

心理学では、このような状況を「結果として問題になるとわかっていても、何も行動を起こさない」ことを「情報の麻痺」と呼ぶ。

情報が多すぎて判断ができなくなる。
そして最終的に、最もシンプルな「現状維持」が選ばれる。

佐藤にとって、その選択は「切らないこと」だった。
本来なら、情報を得ているのなら行動できるはずだが、心はそれを拒んだ。

SNSやテレビがつくる「正常性バイアス」の罠

テレビでは「アメリカは粘り強く立ち直る」と言っていた。
SNSでは「絶好の買い場」「逆張りが正解」といった声が流れていた。

人は、自分にとって心地よい情報だけを選び取って信じる。
これは「確証バイアス」と呼ばれる現象で、特に暴落時にはそれが顕著になる。

佐藤も、SNSでフォローしていた某著名投資家の「落ちたところを拾うのがプロだ」という発言に影響され、損切りではなく「買い増し」を選んだ。

だが、現実は容赦なかった。

為替は98円、97円と下がり続け、日経平均は連日のストップ安に近い動きを見せていた。

安心材料にすがった代償は、皮肉なことに「損失の拡大」だった。

なぜ「少し戻った瞬間」に買い増ししてしまうのか

10月9日、ドル円は一瞬だけ100円台に戻った。

佐藤はその瞬間、迷いなくナンピンを入れた。
さらに10万通貨。平均取得価格は105円に。

人は、絶望の中でわずかな希望が見えると、それを「反転の兆し」だと誤認する傾向がある。
これは「アンカリング効果」といって、最初に得た情報が、その後の判断に強い影響を与える心理作用だ。

つまり、彼にとっての「基準」は107円。
そこに戻すためには、今の100円台は「チャンス」に見えた。

だが実際は、ただの戻り売り。
戻りが終わった次の瞬間、為替は96円へ。
ナンピン分の含み損は、一夜にして20万円を超えた。

希望とは、ときに残酷だ。

FXと株の違いで見える「心理の揺らぎ」

佐藤はFXだけでなく、日本株も一部保有していた。
たとえば、三菱UFJフィナンシャル・グループ(8306)。
購入単価は1,000円台前半。だが、リーマンショックのさなかで株価は600円を割り込んでいた。

不思議なことに、FXのロスカットには抵抗していたのに、株の損切りにはすぐ応じた。
その違いは何か。

FXはリアルタイムにチャートが動き、証拠金維持率が迫ってくる。
株は、1日の終値が出てからゆっくり対応できる。
つまり、時間の流れ方が違う。

心理的にも、株の損失は「一時的な投資の失敗」として処理できるのに対して、FXのロスカットは「自分が間違っていた」という即時の敗北感を突きつけてくる。

人は、「ゆっくり壊れるもの」に対しては受け入れられても、「一瞬で崩れる現実」には対処できない。

佐藤がFXのロスカットを拒み、株を処分した理由は、まさにそこにあった。

認知的不協和という心の罠

投資において最も厄介な敵は、相場ではない。
他人でも、ニュースでもない。
それは、自分の「心の中のズレ」だ。

認知的不協和

この言葉を初めて聞いた人でも、日常のどこかで経験しているはずだ。

たとえば、健康に悪いとわかっていながらタバコを吸い続ける人。
「ストレス解消になるから」と自分に言い訳する。
この状態がまさに、認知的不協和である。

投資の世界では、この現象が極めて強く働く。
それはなぜか。
損失を受け入れることが、「自分は間違った選択をした」という事実を認めることだからだ。

その心理的苦痛を避けるために、人は無意識に思考をゆがめ始める。
その過程を、佐藤雄平の事例で解像度高く見ていこう。

認知的不協和とは何か?理論の基礎を明快に

認知的不協和とは、「自分の信じていること」と「自分の行動」が矛盾しているときに生じる不快な感情のことだ。

たとえば、

・「自分は合理的な判断ができる投資家だ」(信念)
・「でも、実際には暴落相場で損切りできなかった」(行動)

このふたつが矛盾しているとき、脳はその矛盾を解消しようとする。

問題は、その解消方法が「行動を変えること」ではなく、「信念のほうを歪める」ことに向かいやすい点だ。

つまり、本当は間違ったのに「間違っていない」と言い聞かせることで、不快感をごまかそうとする。

投資家は、負けたときほど「自分の正しさ」を守ろうとする。
それが、損失を膨らませる心理トラップの始まりになる。

認知的不協和が始まる瞬間 損切りの猶予

佐藤が最初にドル円ロングを建てたのは、107.80円。
含み損が10万円に達したとき、まだ彼は冷静だった。

しかし20万円を超えたあたりから、心の中にノイズが生まれる。

「切るべきか?」
「でも、今切ったら本当に負けになる」

この瞬間、彼の中では明確な不協和が発生していた。

・「自分は損切りができる人間だ」
・「なのに、いま損切りしていない」

矛盾が発生する。
だが人は、それを正面から受け止めない。

彼はこう思考をすり替える。

「まだ戻るかもしれない」
「損切りせず耐えるのも、長期目線では正解かもしれない」
「これは、耐えるべき場面だ」

根拠はない。

それでも、この思考の転換によって、一時的に「自分は間違っていない」と思える。
これが、認知的不協和を解消しようとする「正当化」のプロセスである。

知識があっても抜け出せない理由

投資においては、知識と実行の間に深い谷がある。
どれだけ「損切りの大切さ」を知っていても、実際に行動できるとは限らない。

それはなぜか?

認知的不協和がもたらすのは
「感情的な苦痛」だからだ。

人は、間違いを認めるより、「間違いを抱えたまま生きる」ほうを選ぶことがある。
それは、自分の自尊心を守るため。

たとえば、佐藤のように「損切りがうまくできる人間だ」と信じていた場合、今回の失敗を認めることは、自分の能力全体を否定することに近い。
だからこそ、正当化し続けた。

・「前回はうまくいった」
・「リーマンの件は例外的すぎる」
・「政府介入が入ればリバウンドもある」

すべて、心のバランスを保つための「理由付け」だった。

このように、知識があっても感情が納得しなければ、人は行動できない。
それが認知的不協和の怖さである。

行動より「信念を変える」ことを選ぶ本能

心理学者レオン・フェスティンガーによれば、認知的不協和を解消する方法は以下の3つだ。

  1. 行動を変える
  2. 信念を変える
  3. 新たな情報を追加して、矛盾を打ち消す

本来、投資で損切りすべきときは「1. 行動を変える」が最も合理的だ。

しかし、人は「2. 信念を変える」か「3. 都合の良い情報を探す」ことを選ぶ傾向が強い。

佐藤はまさにその典型だった。

・「戻るまでは損ではない」→信念の変更
・「ナンピンすれば平均取得価格が下がる」→新たな理屈の導入
・「Twitterの有名トレーダーも逆張りしている」→都合の良い情報の採用

こうした行動の連鎖は、彼の中に「自分は間違っていない」という虚構の安心を生んだ。
だが、その安心が結果としてさらなる損失を呼び込んだ。

認知的不協和は、本人の意識をすり抜けて忍び込む。
だからこそ、誰にでも起きうる。

そして、深く静かに、投資家を破滅に導いていく。

絶望の底にあった静かな夜

10月24日、金曜日の夜。
佐藤は、いつものようにチャートを開いたまま、自宅のデスクに座っていた。

病院から帰宅したのは18時すぎ。
夕食は冷蔵庫にあったカップ焼きそばと缶ビール1本。
テレビのニュースは、NY市場の再下落を報じていた。

為替は95円台。
株式市場も、底が抜けたように沈み続けていた。

彼が保有していた日本株の一つ、ソニー(6758)。
10月1日時点で1,450円台だった株価が、この日ついに800円を割り込んだ。

790円

記録ではなく、感触として焼きついている数字。

ロスカットどころか、何もできなくなっていた。

「終わった」ではなく「動けなかった」だけだった

絶望とは、叫びではない。
静寂の中に、じわじわと染み込んでくるものだ。

この日の佐藤は、チャートの前で何度も「売却ボタン」にカーソルを合わせた。
だが、クリックできなかった。

金額の問題ではない。
気持ちが、どこにも向かなかった。

画面の中ではロウソク足が淡々と下げを刻み続けていた。
19時23分、ドル円94.30円。
21時10分、93.80円。

だが、彼の心の中では、すでに相場は止まっていた。

「終わった」と思ったわけではない。
「もういい」と投げ出したわけでもない。

ただ、心が壊れて、判断という回路が遮断された。

これもまた、認知的不協和の最終形──感情麻痺と呼ばれる状態だった。

人は、損失ではなく「自分」を失う

23時を回ったころ、佐藤は静かにデスクから立ち上がった。
冷えた空気のなか、上着だけ羽織り、近くのコンビニまで歩いた。

何かが欲しいわけではなかった。
ただ、明るい場所にいたかった。

缶コーヒーとサンドイッチ。
レジの前で順番を待ちながら、自分の口座残高の数字がふと頭に浮かぶ。

12万3,240円

2週間前には、98万あった。

失ったのはお金ではない。
自信だった。
判断力だった。
「自分ならやれる」という感覚だった。

家に戻ると、無意識にチャートを開いていた。
もう何もするつもりはなかったはずなのに、画面だけは見ていた。

いつもの音。
いつもの色。
そのはずなのに、もう何の意味も感じられなかった。

まるで、ただの飾りのように。

明日も病院には行く。それでも…

朝8時半には、医局でコーヒーを出さなければならない。
廊下で患者とすれ違い、会釈をして、備品のチェックに回る。

いつもの日常が、明日も来る。
それが、ひどく遠いものに感じられた。

このままじゃ、何も変われない
でも、もうどう変えたらいいかもわからない

頭の中は真っ白ではなかった。
むしろ、言葉があふれていた。
だが、その言葉たちに、重みがなかった。

画面の中のロウソク足だけが、今も規則正しく動き続けていた。

認知的不協和からの脱出:どうすれば抜け出せるのか

認知的不協和は、意志の弱さや性格の問題ではない。
それは人間の脳が本能的に行ってしまう「心の自衛行動」だ。

だからこそ、無理に力でねじ伏せようとすると、かえって深く絡まり、行動不能になる。
重要なのは、「どう脱出するか」を具体的に設計し、行動にまで落とし込むこと。

ここでは、佐藤が後に実践した対処法や、心理学的に効果のある手法をいくつか紹介する。
読者自身が「再起」の手がかりを見つけられるよう、投資家としての感覚に近い形で整理していこう。

「過去の自分」に勝つという選択

損失を抱えているとき、人はチャートと戦っているようで、実は「過去の自分」と戦っている。

・あのときエントリーしなければ
・損切りしていれば
・ナンピンさえしなければ

この思考は無限ループを生み、自分の判断を正当化するための材料を探し続ける。
だが、抜け出す第一歩はシンプルだ。

「もう、過去の自分には勝てない」
と認めること。

そして、「今日の自分は、昨日より一段強くなっている」と仮定すること。

これは単なる気休めではない。
過去に対して優位性を持たなければ、人は新しい判断を下せない。

佐藤は、そうやってようやくナンピンをやめ、「保有する理由」をひとつずつ手放していった。

損切りは「正しさ」ではなく「勇気」の問題

損切りの難しさは、正しいかどうかではなく、心の痛みを受け入れる「勇気」が要る点にある。

損切りできないとき、人は「分析不足」とか「自制心の欠如」と思いがちだが、実は違う。
それは、ただ「自分の過ちを見つめること」が怖いだけだ。

だからこそ、損切りを成功させるためには「ルール」ではなく「心の準備」が重要になる。

佐藤がその後実践したのは、こうした小さな訓練だった。

・自分の建玉に「理由」を毎回書き出す
・「この理由が崩れたら切る」と事前に明文化しておく
・それでも躊躇したら、翌朝の自分にメールで送る

そうすることで、「損切り=負け」ではなく、「損切り=決断」という視点へと移行できる。

この視点の転換ができたとき、人は初めて認知的不協和から抜け出し、判断の自由を取り戻せる。

自分の心をモニタリングする力を育てる

トレードは、自分自身の「感情の動き」を見る訓練でもある。

認知的不協和の特徴は、「無意識に陥る」ことだ。
だからこそ、意識化する力=メタ認知がカギになる。

佐藤がやったのは、「エントリー直後の自分の感情を書き出す」こと。
具体的には、トレードノートの中にこんな欄を設けていた。

・今の気持ち(期待、不安、焦り)
・ポジションを持った理由(直感、ニュース、前のトレードのリベンジ)
・建玉後5分以内の感情の変化

このわずかな記録だけで、彼は「自分が判断しているつもりで、実は感情で押されていた」ことに何度も気づかされた。

心の動きを言語化することで、それを客観視できるようになる。
それが、認知の「歪み」に気づく第一歩になる。

ひとりで考えず、言葉に出すという戦略

認知的不協和が強いとき、人は孤独に閉じこもりやすい。
なぜなら、自分の中だけでは、どんな言い訳も通用してしまうからだ。

佐藤が後に始めたのは、「週に一度、誰かにトレードの振り返りを話す」ことだった。
それは必ずしもプロやトレーダー仲間である必要はない。

・過去のチャートを見ながら、何をどう感じたかを説明する
・自分のトレードを「第三者のように語る」練習をする
・ときには、自分自身に向けて音声で記録を残す

言葉にすることで、自分がどんな理由で行動していたかが整理されていく。

孤独な投資だからこそ、「言葉」を使って自分の中に風を通す。
これが、心を閉じた状態から抜け出すきっかけになる。

投資記録ではなく「心の記録」を書くという習慣

多くのトレーダーが、損益やエントリー価格、利確タイミングなどを記録している。
だが、本当に重要なのは「なぜそのタイミングでそうしたのか」のほうだ。

佐藤がやっていたノートは、トレード結果ではなく「そのときの心の声」を書いたものだった。

・なぜエントリーしたのか
・なぜ損切りができなかったのか
・どういう気持ちでナンピンしたのか
・本当はどう思っていたのか

数字の記録は嘘をつかない。
だが、心の記録もまた、決して嘘をつけない。

それを後から見返すことで、自分の思考の癖が浮かび上がってくる。
そして、それこそが認知的不協和を事前に防ぐ最大の盾になる。

再起と成長のロードマップ

この記事を読んだあなたは、すでに「なぜ人は相場で負けるのか」を心理面から理解し始めている。
だが、理解で終わってしまっては意味がない。
重要なのは、「ではどうすれば負けないか」「何を変えれば勝ち続けられるか」を、一歩ずつ積み上げていくことだ。

ここでは、過去の人気記事から選んだ3本を、FXで破綻しそうになった人間がどう立ち直り、どう成長していくのか──そのプロセスに即して紹介する。

STEP
まずは、自分の弱さを直視する(現実を受け入れる)

失敗には理由がある。だがその理由は、テクニカルやファンダメンタル以前に「自分自身の内側」にあることが多い。

勝てない人には、行動や判断、心のクセに共通点がある。

それを知ることが、再起の第一歩になる。

STEP
どん底を経た人間は、どう立ち直ったか(経験から学ぶ)

理屈ではなく、リアルな「破産と生還の記録」から学ぶことは多い。

人はどんな心理状態で判断を誤り、何がきっかけで立ち上がったのか。

ここでは、実在するトレーダーの失敗と回復を、すべて記録した記事を紹介する。

STEP
勝率が低くても勝てる人の「違い」を知る(技術と心理の融合)

多くの人が「勝率を上げたい」と願うが、実際に勝ち続けている人は「勝率」に固執しない。

なぜ低勝率でも生き残れるのか。

その答えは、手法ではなく「ものの見方」や「判断の質」にある。

認知的不協和が教えてくれる、投資の真実

リーマンショックの渦中、佐藤雄平がロスカットできなかったのは、知識がなかったからではない。
彼は「損切りの大切さ」も、「資金管理の基本」も、十分に理解していた。
それでも、手放せなかった。

なぜか。

それは、自分の判断が間違っていたと認めることが、何よりも苦しかったからだ。

「自分は冷静な判断ができる投資家だ」という信念と、「含み損を放置している」という行動がぶつかったとき、彼の心には強烈な不協和が生まれた。

そしてその苦しさから逃れるために、「ナンピン」や「自分への言い訳」といった「理屈」を作り出していった。

これが、認知的不協和という現象だ。

この心理は、すべての投資家に共通する「人間的な弱さ」でもある。
だからこそ、それに気づき、言語化し、見つめるだけでも一歩前に進める。

重要なのは、完璧になることではない。
間違いそうになったとき、自分の心が「どんなズレ方をしているのか」を察知する力を育てること。

もしあなたが、今後また大きな下落相場に遭遇したとき、「どうしても損切りできない」自分に気づいたら、思い出してほしい。

それは、あなたが「自分の正しさ」を守ろうとしている証拠だ。
でも、その正しさに執着するより、
「新しい判断ができる自分」のほうが、はるかに価値がある。

心のズレに気づくこと。
それは、投資家にとって最大の武器になる。

A symbolic image of cognitive dissonance in investor psychology during a stock market crash

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この記事を書いた人

中学時代から株のチャートを眺めて株価を予想し、大学生(18歳)になって直ぐに証券口座を開いて株式投資とFXを始める。新卒で東京の中小企業に就職するも、企業の将来性に不安を感じて僅か5か月で退職し、複数回の転職も経験。自宅で株取引とFX取引をして成功と失敗を繰り返しながら投資の実力を培う。現在は、主にFXで毎年安定してサラリーマンの平均年収の約3倍程度の投資収益を出している。複数の海外FX口座を利用中。FXで大きな儲けを獲得し、現在は不動産投資にも挑戦中!

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